祝 西日本鉄道100周年

西日本鉄道 621号

 今年は西日本鉄道が、前身の九州電気軌道時代から創立100周年を迎えるということで、特設サイトが公開されています。
 http://www.nishitetsu.co.jp/100th/
トップを開くと、「今も続いていることが、私たちの今になっています。」という分かったような分からないコピーとともに、どんたくの時のでしょうか、花電車が出てきて、西鉄の歴史と路面電車の結びつきの強さを思わせます。アーカイブのコーナーの写真も豊富で、一枚一枚めくっていくと、100年の歴史を追うことができます。その中には路面電車の写真も豊富ですが、「間接車」という表現ははじめて目にしました。「間接制御の電車」くらいの意味でしょうか。
 あらためていうまでもなく、西日本鉄道は北九州と福岡に大きなスケールの路面電車網を築いていました。残念ながら、私はその全盛期はまったく知らず、わずかに最後に残った北九州線の黒崎駅前と折尾間を3回訪ねたことがあるだけです。全盛期を体験しておきたかった路線のひとつです。
 最後に訪ねたのは、2000年11月25日の西日本鉄道北九州線の最終運行日でした。上の記念サイトのアーカイブの説明にあるように「創立以来ずっと西鉄を支え、走り続けた市内電車の最後でもありました」ということで、ぜひ最後を見届けたいと思って出かけました。最終日は電車は増発されて、無料運行、多くの人が別れを惜しんでいました。今日の画像は「さようなら電車」として装飾された621号で、最終便にだけ充当されたらしく、昼間は車庫の奥の方にいたのですが、黒崎車庫の入口のところにマニアが群がっていたら、中の人が前の方までこの電車を出してくれて、写真を撮らせてもらった記憶があります。そんなに昔のことのような気はしないのですが、もう7年余り前のことなんですね。
 全般的にはモータリゼーションの影響があって、福岡の場合は都市の発展に伴って、路面電車ではまかなえなくなったこと、北九州では、重厚長大産業の衰退と国鉄の近距離電車の増発など、廃止になった要因はいろいろ考えられると思います。西鉄路面電車だけを運営していたなら結果は違ったかもしれないけれども、残せばよかったというような声もあまり聞こえてこないようにも思います。あの花電車の画像などを見ると、街と一体になった電車のあり方は、ひとつの理想のようで、とてもうらやましくもあったりします。