『天国と地獄』の江ノ電

江ノ島電鉄 1501号

 昔見た映画というのは、ストーリーは覚えていても、個々の場面は意外と覚えていないものです。むしろ、どこの映画館で見たとか、誰と見たとか、終ってからどこで食事をしたとか、そんなことの方がよく覚えている。それは私の映画の見方によるのかもしれません。先日、都電の三ノ輪電停がリニューアルされ、レトロ調の小道具のひとつとして、昔の映画のポスターがあって、黒澤明の『天国と地獄』が貼ってありました。江ノ電が出てくる映画だなと思ったことはここにも書きましたが、具体的なシーンは浮かばないけど気になったので、今日DVDを見てみました。私が映画館でこの映画を見たのはもう10年以上前のことです。以下ネタバレを含みます。
 『天国と地獄』のストーリーを簡単にいうと、こういうことです。製靴会社の役員である三船敏郎の運転手の息子が身代金目的で誘拐される。三船は会社の主導権を握るために準備した資金を、悩んだあけく身代金として犯人に支払う。仲代達矢率いる刑事たちがその犯人を追い詰め、逮捕する。三船は地位も資産も失い再出発し、犯人は山崎は死刑になる。それにしても、出演者はみんな若いです。犯人役の山崎努なんか、若すぎて誰か分からないくらい。
 江ノ電の出てくるテレビドラマや映画は多々ありますが、この『天国と地獄』では、江ノ電がストーリー上の役割を与えられているのが特徴です。つまり身代金を要求する犯人が、子どもの声を聞かせる電話の背景に入っている電車の走行音、これにポールが擦れる音が入っている。それで子どもが監禁されていた場所が江ノ電の沿線と分かるわけです。 さて、江ノ電の出てくるシーンは3回ありました。

  • 腰越と鎌倉高校前の海岸沿い

監禁場所が江ノ電沿線と当たりをつけた刑事の木村功と「ボースン」が乗った車が江ノ電と並走してきます。車両は「タンコロ」で車番も読め、現存している107号であることがわかります。

三船の運転手が誘拐された自分の子どもを車に乗せて、監禁場所を自力で探す。極楽寺のトンネルの入口付近の陸橋を通るところで、下を江ノ電が通過します。ここは一瞬なので、電車の形式までははっきり分かりませんが、たぶん300形だと思います。

  • 腰越の高台の家

監禁場所の家を発見するが、実行犯の2人はすでに殺されている。警笛の音が聞こえ、刑事の木村功が眼下を見ると、タンコロが通過していく。そしてポールのアップと擦れる音。この高台の場所は、海岸線から分かれるあたりの腰越寄りのようです。江ノ島がよく見えます。
 時代としては、『天国と地獄』の公開が1963年、江ノ電では1964年にポールからZパンタへの切り替えがはじまります。この映画では東海道線の特急「第二こだま」の車内のシーンも緊迫感があり印象に残りますが、東海道新幹線が開業して「こだま」が新幹線の列車となるのも、同じ1964年です。ちょうど「時代の節目」であったのかもしれません。今日の画像は江ノ電腰越駅から併用軌道に出てくるところです。
 最近こういう本が出ているので、紹介しておきます。江ノ電の書籍はたくさんありますが、旧型連接車にテーマを絞り、貴重な写真と資料がふんだんに使われていて、マニア的な充実度では群を抜いているといえるでしょう。著者は江ノ電OBの方のようです。

江ノ電旧型連接車物語 (RM LIBRARY 94)

江ノ電旧型連接車物語 (RM LIBRARY 94)

 ところで、何で医者のインターンである山崎努が誘拐事件を引き起こすのか、つまり三船敏郎に敵意を抱くのか、今回もいまひとつ分かりませんでした。靴職人からたたき上げで重役になった三船、医者のインターンの山崎、社会に出た時点では、犯人の山崎の方がよほど恵まれているんじゃないかと。