函館市電 1006号都電色に

函館市電 1006号

 この画像は、3年前の函館市電1006号、人権号という全面広告車でした。その1006号がこのたび人権号を他車に譲り、出身元である都電の塗装になったそうです。
 1006、都電色になる 函館鉄道写真館
函館市電 1007号
以前は、僚車1007号が支援団体の手で都電色になっていましたが、2年ほど前に廃車になってからは、旧都電7000形としてはただ1両、この1006号だけが現役を続け、今回待望の都電色復活となりました。1007号は黄色ベースだったような記憶がありますが、今回の1006号はクリーム色ベースで、「おもいで広場」のPCCカーと同様の塗装のようです。
 都電がこの色だったのはいつごろなのか。今手元にあるJTBパブリッシングのヒギンズ氏の写真集を見てみると、1959年までは緑とクリームのツートンで、1959年の写真にはクリームに赤帯のものがあるので、そのころ変更されはじめたようです。そして1964年の7500形の写真は、ベースの色がクリームではなく黄色っぽく見えます。都電の色は、7500形が登場したときに、交通事故多発により、警戒色として目立つ黄色にしたといろんなところに書いてありますが、都電がクリームに赤帯だった期間はだいたい昭和30年代中ごろから5年ないし7、8年間のようです。
 車両の使い勝手の悪さや老朽化など、長く維持していくには難しい問題もあるようですが、東京オリンピック前の都電の全盛期を伝える存在として、都電色になった1006号がこれからも活躍してくれることを願います。