玉電100周年によせて

東急世田谷線 デハ73号

 今年は東急世田谷線の前身、玉川電気鉄道玉電)の開業100周年に当たるということで、世田谷線には記念のラッピング電車が登場したり、沿線でのイベントが開催されたりしています。あくまで1907年に玉電が開業して100年ということで、「東急100周年」にはなっていません。東京急行電鉄株式会社の設立は1922年で、それは目黒蒲田電鉄の設立にさかのぼることができます。手続的に、玉川電気鉄道を合併したときに、目黒蒲田電鉄が存続会社となったということもあるし、五島慶太が役人を辞めて経営に参画したのが目黒蒲田電鉄だったという意味でも、目黒蒲田電鉄東急電鉄のルーツであるわけです。もともと多摩川の砂利を渋谷へ運ぶためにつくられた玉電田園都市開発の一部門として創業した目黒蒲田電鉄、それぞれの開業年である1907年と1922年はわずか15年の違いですが、この間に鉄道業はベンチャービジネスから体制に組み込まれた事業に成長した、そういう見方もできると思います。
 玉電に関する書籍は、路面電車に関する本では都電についで多いのではないでしょうか。「玉電100周年記念記念フォトアルバム」と銘打って、このような本が出版されています。梅田の旭屋書店の鉄道書売場で見当たらなかったので、通販で買いました。
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 この本の特徴は、出版元が東急エージェンシーということで、東急の社史や社内報をもとに編まれている点です。玉電開業のときから世田谷線になった昭和50年代までの写真が豊富な資料から選ばれて、しゃべりすぎない説明文とあいまって、コンパクトながら玉電世田谷線の100年の歴史を写真から感じ取れる内容になっています。ひとつだけ具体的に触れておくと、「さようなら玉電」という章に出ている廃止間際の用賀駅に詰めかけた人々を、おそらく電車の後部から撮った写真が圧巻です。今でも廃線が近づくとマニアが集結しますが、そういうものとはちょっと違う、本当に自分たちが日常を共にした電車に別れを告げようと集まった人々の姿は、深く印象に残りました。
 もうひとつ、たまたま本の紹介用のリンクを検索していたら、世田谷線のビデオを見つけました。お値段が3本セットで税込1500円という破格の割引になっているので、私は内容を見ていませんが、紹介しておきます。
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 さらに玉電は関係ないのですが、5月22日からローソンでお茶を2本買うともらえるノベルティに“昭和を駆けた路面電車”というミニチュアが配られるそうなので、これも紹介しておきます。
 ペットボトル飲料のおまけに“昭和を駆けた路面電車”登場  ニュースリリース 株式会社ローソン
いちいち解説しませんけども、この9種類は、路面電車マニアの琴線にふれるラインナップですね。
 今日の画像は、平成11年の世田谷線で、玉電時代からの旧型車と現在の主力デハ300の並びです。このころ旧型車の置き換えが始まり、2年ほどで玉電の面影を残す車両は、世田谷線から姿を消しました。